日々の雑記

日々考えたこと・感じたことをメモしていきます。                                           ※あくまで筆者の一時的で気まぐれな主義・主張に基づく投稿であり、その内容は実在する個人や団体との関係を保証いたしません。

ブログを開設した

はじめて「ものを書いて人前にさらす」ということをしてみようと思った。4つの動機を整理してみます。

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動機①外部要因

直接の最大の理由は、周りにブログをやってる人がいてその投稿がなんやかんや面白かったことでしょうかね。

まずはサークルの友達。先日、稚内から枕崎にいたる日本列島南北縦断鉄道の旅をしていた。

2人目にゼミの先輩。今週のはじめに日本を発って、一路オランダへ。交換留学で半年滞在するとか。

 

またブロガーの存在はどっかおいても、Facebookなどのネットメディアを用いて近年は自分の経験や意見を表す人が多くなりました。「ためになる文章だな~」とかオピニオンの人でもないただの素人に対しても思いながら、ついついそれを不意に読んでしまう自分がいます。自分が他人の文章を読んでるということは、もしかしたら自分の文章を読んでくれる物好きもいるのではという期待をもって、ブログを開設したというのも理由の一つです。そんな自分のブログを読んでくれる方々に資するような記事を書いていきたいですね。

動機②社会人になる素養として

間接的(?)な理由としては、最悪誰も読んでくれなかったとしても、ブログを書くことは文章を書く練習にはなるということです。社会人として、学生として今後ますます文章を明晰に論理的に、ときに人を引きつけるように書く機会が必要だとつくづく感じています。この文章を書いていても、自分の語彙の不足を痛感せざるを得ません。読みやすい文章を書くって難しい~

最近ではインターンシップの選考に向けてES(エントリーシート)を各機会も持つようになり、文章をいかに伝わりやすく、魅力的なものにするかということが問われることも。。

新聞を書く授業

今年の夏学期に履修した授業で「ジャーナリズム実践論」という授業がありました。あとで聞いてみれば、ゼミの先輩も二名履修していたものでした。某大手新聞社A社の寄付講義です。内容としては、オーガナイザーとして大学の教授(稲葉先生)はいるものの、A社のカリスマ(?)記者さんが講師として出張授業をやってくれるというもので、毎週のように新聞記事を書き、提出、添削というものでした。

新聞=「人に読んでもらうための文章」などこれまでに書いたことのない自分からしてみれば、自分は良い文章を書けているのだろうかと、常に疑心暗鬼な状態にありました。

「ジャーナリズム実践論」に限ったことじゃない。Facebookの投稿、大学のサークル活動でのメーリングリストの投稿、Twitterのつぶやき、文章を含む全てのものに自分の文章力が問われます。それを改善したいというわけ。毎度毎度期末レポートの文章の支離滅裂さには、提出してる自分に対して引いています…笑

今後は文章論の書かれた本などを参考に、ブログ…だけじゃなくて文筆活動を続けていきたいですね。ときどきここでそんな本のレビューも紹介できればと思います。

動機③ドキュメンテーションのため

ゼミ教授氏の助言

僕のゼミの担当教官の先生は今年の冬で御年60歳を迎えられる、もはやベテランの域に達しておられる社会学の先生です。彼が初回のゼミで言ったことが、「自分の行動や発表・経験を文書記録として残して下さい」ということでした。「この作業を繰り返し、またそれを振り返ることで、あなたは確実に鍛えられていきます」とゼミの紹介文にはあります。たしかに日記とかをつける意味に近いものがあるでしょう。自分の人生に意味を付与するといったらいいんでしょうか。

社会学が専門とする社会調査*1の特徴として、データ・資料・文章・エビデンス(意識高い系の用語として)が存在しなければ、何も(社会にまつわる)真実を表現することができません。何十年後に自分の過去を振り返ろうとしても、そのときに今の自分の細胞はほとんど死滅して生まれ変わってることを考えれば、現在の自分の考えたことを物象化して客観的に観察できるように残しておくことは意味があるでしょうね。もし自分が記憶喪失しても、他人から「あなたはこういう経験をして生きてきたのよ~」って言われなくても大丈夫ですしね。

先生曰くは、文書記録として自分の経験・行動を残すことが、研究計画や大学院の志願書につながるとかをdocumentationの価値としてあげていました。これに加えて、僕は就職活動の自己分析なんかもそれに似ている気がしますが、自分の人生を考え直す上で役に立つんじゃないかなと思います。

動機④自分の考えを整理する

これは先に挙げた、ブログをやっていらっしゃる先輩がおっしゃっていることです。 

そんな私、しかしながらも、大学生活の終わりも見えてきました。

まさに人生のターニングポイントに乗っかっている真っ最中。

イコール、悩みたがり屋の本領発揮中。

 

 

「ドウシヨウコワイコワイ」と布団被って叫んでももそろそろしょうがない。

悩むならちゃんと悩もうと。建設的に悩もうと。 それなら、頭の中を文章化してみよう。

文章化って行為はどこかおまじないのような魔力があるんじゃないかと思ってます。

自分のものだけど、自分とは切り離されたまた別のもの、そういう不思議な距離感が、何か不思議な力を持ってるんじゃないかと。

 

そういうものにすがってみよう。

そして、どうせ書くのなら晒してみよう、と思った次第です。

はじめに - ザザイズム

 ちょっとメンヘラ感漂う先輩の文章ですが、その通りだなと思ってみたり(勝手に引用)。

人間の思考というのは常にこんがらがっていると思います。さっき考えていたことはすぐに忘れて別のことを考えている。脳は複数のことを同時に考えることはできませんよね。でも次から次へと色んなことを考えていて、それらは互いに複雑に絡み合っている。自分の脳内のメインステージに立つ論点を整理するためには文章化(または図示)してみるということは有効でしょう。

おわりに

ひとまずブログを開設した勢いでひとつその心境を投稿してみました。自己紹介もまだなので追々していきたいと思います!どうかよろしくお願いしますm(_ _)m

*1:アンケート調査を集計した量的調査からインタビュー形式による質的調査まで多様な社会の現状を把握しようとする調査のこと